(Run) 箱根駅伝応援(復路)

懲りずにニワカOB活動2日目。

母校が箱根を出発する8時9分にランニングを開始。
戸塚中継所の前を通過して、原宿の方へ。
途中富士山がきれいで、写真を撮ろうと思って電線や建物が邪魔にならない場所を探してうろうろしたけど、結局いいポイントがなく。
うろうろ迷走した後、結局イチコクに復帰して原宿の歩道橋からがましな感じで写せた。

あそこから走ってくるんだもんなー、すげえなあ。

そこから8区のラスト2kmくらいをトレースした後、戸塚の中継所を見学。
トヨタのディーラーが完全に控室になってて、各校のスペースがあり。
新迫選手はいなくて声はかけられず。

横の駐車場で物販してたので、えんじ色のタオルを購入。

9区の最初の2kmを走って帰宅。
シャワー浴びてごはん食べたら、ちょうど家の前を通過するタイミングに。
タオルを振って新迫選手を応援。
「しんさこー!しんさこー!負けるなワセダー!」

9区新迫選手は10位拓殖から1分12秒遅れて10区小澤へタスキを渡した。

シード権取れるかしらん。

(Run) 箱根駅伝応援(往路)

普段、愛校心とかほとんどないんだが、年に1回だけちょっと愛校心
箱根駅伝を観てるときだけ、母校を応援してしまう。

加えて、最近コースの真横に住んでいるということもあり、ナマ応援することに。
普段は、クルマの通行音が大きくて、雨が降っているかどうかわからないくらいゴーゴーという音がしているイチコクのバイパスで、いいことはひとつもないけど、箱根駅伝コースってところだけが唯一のメリットか。

スタート前からテレビとPCで応援体制を整えて。

10時過ぎにうちの前を通過するらしいので、9時くらいから人出をチェックしてたけど、直前にどっと来るね。近所の人は毎年の事だし、直前までテレビで観てて、
通過直前に出てくるらしい。

応援している母校は鶴見の中継所では5位でタスキを渡したものの、その後抜かれて権太坂の下りでは18位くらい。

そして、10時過ぎに先頭が通過。

3位国士舘の追い上げがハンパない。続いて4位集団以下。

青学の原監督がづっと叫んでる。このあといったん下りがあって、
ラスト中継所に向かってまた上りだ。下りで追い込むから我慢しろー、と。

先頭から遅れること3分で早稲田3年の太田選手が目の前を通過。

「おおたーーっ!ラストがんばれー!おおたー!おおたー!」
名前多めで応援したよ。自分が応援される時に名前呼ばれると元気出たので。

そして太田選手は18位でタスキを渡した。ご苦労様でした。

いやあ、力入ったわー。みんな速かったわー。
明日の復路も応援したいけど、親族の集まりがー。

(Run) フルマラソンに復帰

6年ぶり2回目のフルマラソンにチャレンジ。
第13回湘南国際マラソンに出場した。
前回があまりにもつらかったので、フルはもうやめようと思っていた。

毎週土曜日に根岸森林公園でトレーニングしているTM-CLUBの仲間から追加募集のスケジュールを聞いてしまったのがきっかけ。
12月2日の本番に向け、11月は30kmを2回チャレンジ。

1回目は完走、2回目は25kmでリタイヤという微妙な結果。
とはいえ、レース5日前くらいからご飯をもりもり食べ、ビールを減らし。
パイセン達のアドバイスをもらい、レース中に摂取するジェルを準備したり。

当日朝は、混み合うことが予測される大磯を避けて二宮駅へ。
そこからシャトルバスに乗ってスムーズにスタート地点へ。
新卒時の同期のはらぼーと会えて、お互いの目標を共有。
彼はサブ4、俺はサブ4.5。

ギリギリまで着替えずに待って、スタート30分前の8時半近くなってから、着替え。暑く感じるのが苦手なので、少々寒くても上々、ってことで、当日のウエアは長袖Tシャツ+チームユニフォーム+短パン。

あったかインナーは着ないことにしてたので、スタート時の寒さ対策でゴミ袋に穴を開けたポンチョを持参して着用。
スタート前のトイレは過去のこの大会に何回か出場していた新卒同期のツレのアドバイスでスタート直前のバスターミナルのトイレへ。
おかげで行列はゼロ。

9時18分過ぎにスタート地点を通過。そこからランニングスタート。
とにかく、抑えて、抑えて、行こうと決めていたので、平塚を通過するまではキロ6分以上かけることにしてた。最初の10kmは1時間ちょっとという想定通りのタイムで通過。少し温まってきて、楽に走って20kmまでは1時間ちょうどのラップ。折返しの前後でTM-CLUBの仲間が「シラオさーん!がんばってー!」と応援してくれる。


名前を呼んで応援してもらえるシアワセ、そして、それによる湧き出る元気と笑顔。ああ、孤独じゃないんだ、と思った時、本当にうれしかった。応援に来てくれた皆さん、本当にありがとう。

江ノ島で折り返して30kmを超えたあたりからは、いつ体調が変るか、脚が痛くなるか、トイレへ行きたくなるか、本当にヒヤヒヤしていたが、大きく崩れることはなく、なんとかペースを守って走れた。

35kmを超え、脚がピクピクしてきて、西湘バイパスに入ったころ。
周囲には歩く人が増えてきた。ああ、俺も脚もお尻も痛いなあ、ここまで来られたから、ちょっと歩いてもいいかもなーと思ってたタイミングで再度、名前を呼んで応援してもらった。これはずるい。
ロングビーチを抜けたところで、TM-CLUBの仲間が応援してくれた。
もう歩けない(笑)

40kmの最後の折返しで脚がつってたけど、なんとか歩かず走り続け、
最後はスパートもできずにゴール。4時間26分くらい。

目標だった4.5時間を切れたので、本当にうれしい。
マラソンも、名前を呼んで応援してもらえると、孤独感なく、楽しく走れることがわかった。
これからは、積極的に応援に行こうと思った。
(走る気は相変わらずあんまりない笑)
つらかったけど、本当に楽しかった。みんな、ありがとう。

(Run) 宮ヶ瀬24時間リレーマラソン参加

宮ヶ瀬24時間リレーマラソンに参加してきた。

24時間走るんだけど、1人~15人までのチームで出場できる。
1人で24時間走る「ソロ」の人もいるけど、オレは「焼き鳥RC」で参加。
100チームくらい参加してて、大学生のガチチームもあれば、
職場や地域の仲間で出ているユルチームもあり、走ってる人の年齢層は幅広い。


焼き鳥RCはクルマ友達のK氏が始めたクラブで、定期練習はないけど、
ちょいちょい練習会をやってるランニングクラブ。
3月はバネッサさんの2000日連続ランの記念のイベントをやったり。
その中で、この宮ヶ瀬リレーマラソンだけは毎年出場している大会。
チームとしては4回目の出場(昨年は優勝もしている)、オレは初参加。
今年は3チーム45人の大所帯で参加。

108 ワサビ=オーバー45のシニアチーム(一部若手も)
109 山椒=女子チーム。バネッサのOut Run Cancerでもあった。
110 ゆず胡椒=若手チーム。昨年優勝チームでもある。


土曜の早朝、渋谷に集合、大型バスで現地へ向かう。
現地到着したら、テントで基地設営。到着がギリギリだったので、第一走者と
第二走者はアップもそこそこにスタート地点へ向かっていた。


10時にレースはスタート。
昨年の雨でつらい思いをした経験から、通常テントの横に張るシートを
床に敷くというライフハック発動。これ、夜の寒さ対策に大いに有効だった。

コースの1周は1.8km。オレの所属するワサビチームは日中は1周交代で走る。
15人いるから、だいたい2時間に一度順番が回ってくる。
オレはだいたい8分前後。他の人は7分台で回って来たりしてた。
日中はとにかく暑かったけど、まだにこやかに走れる感じ。

ちなみに柚子胡椒チームは2周交代だけど、みんな11分台。異次元だ。


調達班が昼も夜も弁当を用意してくれていたり、水・麦茶・スポーツドリンクは
テント内で潤沢に用意されていたり、某有名コーヒーショップの
コーヒーのサービスもあったりして、食事や飲み物はまったく心配なく
レースを楽しめていた。
ただし、ビールはナシ。ゴール後にねってことで。
ドーピング用のノンアルコールビールは一人一缶支給されるので思い思いのタイミングで投入する。

スタートして12時間、夜10時を過ぎたところで、チームワサビは2周交代に切り替え。
4時間に一度順番が回ってくる感じになった。
ナイトセクションの1回目は12時くらい。ちょっとつらくなってきた。

3.6kmを走ったあと、初シャワーを浴びて生き返る。
そして、この夏一番おいしいカップラーメンをいただく。

そのまま寝袋で爆睡して、4時くらいの出走に備える。
それにしても寒い。気温なんと16度。寝袋の中でウインドブレイカーを来て
ほぼ屋外の基地内で仮眠。3時過ぎに起きて、だんだんカラダを温める。
カラダ固まってる所から、迷惑かけないレベルで走れるまで温めるのは
結構たいへんだったけど、朝runと同じだよな、と思ってカラダにムチを入れる。
4時に走って再度シャワー。テントに戻ると夜明けぜよ。

夜が開けたら1周交代に戻して、オレは2回走った。
最後はキャプテンK氏の順番でちょうどゴールの時間。
10時に感動のゴール。

ゴール後はみんなで記念撮影。

バネッサともツーショット頂きましたー。

帰りもバス。クライマックスはバスでの乾杯。いやあ、気持ちよかった。

そんなわけでチームワサビの結果は

167周(ちょうど300kmくらい)、そのうちオレは11周(19.8km)。
参加100チーム中27位。
ちなみにゆず胡椒は10位、山椒は53位だった。

いろいろ準備してくれた方々の影の尽力によって、本当に楽しませて頂けた。
チームで走る、タスキを繋ぐというのは初めての体験だったけど、仲間感、
ハンパない。戦友が増えて、大変うれしい。53歳にして体育会に入った感じw。
ありがとうございました。

宮ヶ瀬 from Kotaro Nagata on Vimeo.

(Run) バネッサ2000日連続Runを祝う

ランニングをしない人にはわからないと思うんだけど、ランニングは、
年齢も性別も職業も国籍も関係なく、話ができちゃう共通言語になる。

例えば今日の午前中は、根岸森林公園でインターバルRunしてた。
きっかけは、上大岡の立ち飲み屋でたまたま隣で飲んでた人と
話をしたことで、昨年夏から毎週土曜日にこのトレーニングに
参加するようになった。不思議だけど、不思議じゃないんだよねー笑。

そればかりでなく、この仲間のWebサイトの構築のお手伝いをしたりして、
本当に出会いって不思議だし、走っててよかったと思う。

そして、今日の午後はFacebook上のランニングクラブである「焼き鳥RC」の
バネッサさんの2000日連続Runのゴールに立ち会うという体験ができた。
このクラブも元々はクルマ関係の仲間からの紹介で入れてもらったのだった。

バネッサさんは6年前に、乳がんとなった親友の女性を元気づけようと自分が
走ってる姿の写真を撮って送ったところ、彼女から「少し元気になった」と
いう返事があり、それから彼女を思って毎日走り始めたそうだ。
その後、1000日のお祝いの時には、盛大なお祝いがあったらしい。
親友の彼女も一緒にお祝いしたんだって。

そして、昨年、彼女自身も乳がんが発見され、手術をしたとのこと。
主治医も彼女の連続Runのことは認識しており、手術翌日は院内でのRunを
許可したりして、バネッサの連続Runは途切れなかった。

自分自身もがんを体験したバネッサは #outruncancer というハッシュタグで
走ってがんを吹き飛ばそう(ちょっと違うかもだけど)というムーブメントを
起こそうとしている。悪性腫瘍を経験しているオレは100%フォロワーだ。

Tokyo Free 10」という団体も今日は一緒にお祝いした。
スタート自由、コース自由、だけど、ゴールは一緒にしようという走り方。
バネッサによると、この走り方はがん治療と相似だ、と思えると。
スタートはいろいろ、治療方法もいろいろ、だけど、ゴールの「治癒」は
みんな一緒ということ。これもagree だよん。

今日は黄色い服を来て16:30に外苑のゼロkmポイント集合ってことだけ決まってた。
東京体育館で黄色いシャツに着替えて外苑を5週してバネッサを待つ事に。

Relive ‘バネッサさん2000days記念’

10分前は数人だった黄色い人たちは、集合時間には20人以上になり、その後
外苑を一周する間にさらに増えた。ゴール後にここに書いたエピソードを
バネッサが日本語と英語で説明してくれた。
そして、その後は体育館内にあるGoodMornigCafeというお店で乾杯。
飲み放題のハートランドをたらふく頂いたわけだ。

長くなったけど、バネッサの2000日RunのGoalに立ち会えたこと、本当に
うれしかった。

そして、こんな体験ができるのは、ランニングをしてたからだな、と思う。
遅いんだけどね(それが問題)。